ア!安全快適街づくりについて

副理事長に聞く

第3回(平成19年5月)

地域住民による自助・共助の体制づくり

(編集)
昨年9月1日のNHKの特集番組で、「海抜0メートル地帯における地震水害」という タイトルで、当NPOの活動もか らめて報道されましたね。
(徳倉)
当NPOの出番は少なかったのですが、町会の人が主役になって地元の関心の高まりがよくわかる内容でしたのでよかったですね。
(編集)
大地震と高潮が重なった場合には、東京の河川護岸に液状化現象により損壊が生じ、東部低地帯に侵水する可能性があると報道されました。東京都は、国内で過去最大の被害が生じた伊勢湾台風の高潮や東海豪雨の降水量を想定し、さらに阪神淡路大震災を踏まえた耐震基準で防潮堤や河川護岸の整備を進め、10年程度後に完成する予定です。このため、「この報道は、徒(いたずら)に地域住民の不安を掻き立てるものだ」という見方もあるようですが。
(徳倉)
東京都は、想定される災害に対しては、最大限の対応をしてきています。しかし、地震による液状化現象の恐れがあるといわれる、荒川以東のゼロメートル地帯(スーパー堤防未整備)では、想定外の事態により洪水によらず堤防が決壊し、地震水害が起こることが想定されます。これに対応するために、少なくとも人命の被害が生じないような対策を立てておくことは必要だと思っています。
(編集)
どんな対策が考えられますか。
(徳倉)
新小岩地域では、住民の自助・共助により近所の3階建以上の建物を緊急避難場所として確保し、救助・救援基地との連絡がとれる体制を作ることが必要です。このためにも新小岩公園の高台化を急ぐべきだと思います。当面は緊急避難の方法等を中心にして、地元の住民がワークショップで論議しています。
(編集)
地元の皆さんが大勢参加されましたね。
(徳倉)
そうですね。次のワークショップが待ちどうしいといった声が出るくらいに、地元の皆さんが熱心に取り組んでいます。
(編集)
ゴムボートと救命胴着を大成化工さんから寄付されるそうですね。
(徳倉)
東西新小岩の7町会に3隻ずつのゴムボートと1隻当り4着ずつの救命胴着をワークシヨップ終了時に寄付することを提案しました。緊急避難場所と救助・救援場所とを往復するためのものです。これを住民に保管していただき、水上訓練を行うと共に、水辺に親しむことにも役立てていただきたいと思います。
(編集)
ワークショップでは、引き続き具体的な課題が論議され、新たな活動に取り組む契機にるでしょうね。
(徳倉)
今後地元の人が積極的に問題提起や提案をされることを期待しております。
(編集)
副理事長も「東京都地域防災計画」に対する意見募集に応じて「新小岩公園の高台化」を19年2月に提案されましたね。
(徳倉)
新小岩公園を高台化して、救助・救援基地化することは緊急性と必要性が高いと思います。私も街づくりのNPOの立ち上げに係わった地元の一人として自ら行動しなければと思い、徳倉私案として提案しました。
(編集)
東京都総務局総合防災部には、どんな内容で提案されたんですか。
(徳倉)
「荒川以東の東部低地帯に住む120万都民の命を水害から守る」ために7項目の実施が必要だと主張しました。
1.水位表示板の設置
2.水没しない建物の確認
3.近隣住民による避難の合意形成
4.ゴムボート・ライフジャケットの配備
5.水没しない高台(救助救援基地)確保
6.避難建物から高台への自助・共助活動
7.住民の要望に基づくスーパー堤防建設
  (堤防決壊防止と避難場所の増加)
(編集)
今後の当NPOの活動を考える上で大変実際的で、重要な提案ですね。
(徳倉)
ワークショップの論議が更に発展すれば、たたき台として活用されると思います。
(編集)
当NPOの中心メンバーである伊東春海さんも「利根川水系河川整備計画の策定に係る公聴会」(本年2月開催)の公述人として出席され、スーパー堤防を構築するよう要望しましたね。
(徳倉)
同様な動きが続くことを期待しています。
(編集)
今後ますます副理事長の役割が重くなりますね。有難うございました。

第2回(平成15年10月)

新小岩の街づくり

(編集)
徳倉さんが、新小岩に来られたのは、どういう経緯ですか。
(徳倉)
大成化工は大正14年、セルロイドの生地を生産するために設立されたのですが、昭和38年、セルロイドの衰退で会社が経営危機に陥りました。この時、私は28歳でしたが、経営の建て直しを頼まれ、三菱商事を辞めて新小岩に来ました。
(編集)
どのように会社の再建を進めたのですか。
(徳倉)
燃えやすいので、しょっちゅう火事を出していたセルロイド生地の生産は、中止しました。また、当時からこの辺りは、住宅が建て込み始めておりましたので、工場を継続するのは難しいと判断し、生産設備を移転することにしました。成田や旭の工業団地や中国の北京等に工場を建設していきました。この結果、この新小岩に残ったのは、事務所、研究所、中間試験工場だけになりました。
(編集)
どのような動機で、新小岩の街づくりを考え始めたのですか。
(徳倉)
大成化工は、80年近くに渉り、新小岩で事業をやらせていただいております。他の地域で工場の建設を進める中で、この新小岩の土地を、今後どうしたら、お世話になった地元にお役に立てるのか考え始めました。数年前、都には「新小岩駅周辺地区(生活中心モデル地区)育成整備計画」があるが、その構想の中に盛り込まれている「スーパー堤防」は、私の高校時代の同級生の石川さんの発案になるものだということ等が分りました。その後葛飾区、江戸川区を始め、東京都の都市計画を調査・研究してきました。
(編集)
現場もいろいろ見に歩かれたのですね。
(徳倉)
石川さんに会い、隅田川のスーパー堤防を見学し、新しい街づくりが進んでいることを知りました。それに引き換え、荒川・中川と江戸川に囲まれた0メートル地帯は、地震で今の堤防の一部でも決壊すれば、木造密集住宅は水没するという危険な状況にあることがわかりました。
(編集)
徳倉さんと石川さんは、高校時代に大水害を体験されてるそうですね。
(徳倉)
そうです。昭和28年に愛知県一色町で台風による大水害を経験しました。洪水の恐ろしさ、洪水後の悲惨さは、経験したものでなければわからないと思います。石川さんがあれだけスーパー堤防の建設に情熱をかけるのも、この原体験がトラウマになっているのかもしれません。
(編集)
新小岩の街づくりについて、基本的にどのように考えていますか。
(徳倉)
この地域は水害の危険という大きな問題を抱えていますが、半面、東京駅から僅か15分、水辺を活かせば他にない素晴らしい地域になります。この水没の危機を未然に防ぎ、住民参加の新しい街づくりを行えないかという想いから石川さんと共にこのNPOを立ち上げることにしたのです。
(編集)
NPOも設立後1年余が経過し、これから住民の皆さんの理解を深めていこうとしていますが、具体的には今後どのように取り組むべきですか。
(徳倉)
住民の皆さんが肌で感じ、自ら動き出すような活動をしていくことが重要です。そのためには、この地域は大地震があれば大変危険な状況にあることを、まず住民の皆さんが認識していただくことです。つぎに、どうすればそれを回避できるのかを具体的な絵で示す必要があります。その絵に対して論議を重ねながら、いろいろな問題点を明確にし、これを一つ一つつぶしていくことです。行政も予算が乏しいので、住民側からこうしてほしいという要望が出ることで、初めて手をつけようということになります。このきっかけ作りと橋渡しの役割を果たすのが当NPOの役割だと思っています。
(編集)
今日は、大変ありがとうございました。

第1回(平成15年7月)

NPO設立の経緯と役割

(編集)
最初に、このNPOの設立を考えたいきさつを教えてください。
(徳倉)
大成化工は1926年にセルロイドの生地を生産するために現在の中川堤防沿いの地に設立されたのですが、御承知のようにセルロイド生地は燃えやすいため、しょっちゅう火事を出して御近所に迷惑をかけてきました。私が昭和38年にセルロイドの衰退で経営危機におちいっていたこの会社の経営建て直しのため移ってきた当時でもよく火事を出し、消防自動車の音を聞くとまた大成さんが火事かといわれたものでした。その後セルロイドの生産も中止し、火事で御迷惑をかけることはなくなっています。
その当時からこの辺りは住宅が立て混み始めたため、この地での工場継続は将来難しいと判断し、生産設備を基本的に移転することにしました。国内では千葉県の成田、旭の工場団地に工場を建設し、干潟工場団地内にも土地を手当てすると共に、海外では中国北京に工場を建設して生産を始めました。その結果この土地に残ったのは事務所、研究所、中間試験工場だけになったのですが、80年近くにわたりお世話になったこの新小岩の土地を今後どうしたら地元のお役に立てられるのか考え始めました。
数年前、手始めに地元の不動産関係の方にお話を聞きに伺ったところ、都には「新小岩駅周辺地区(生活中心モデル地区)育成整備計画」があるが、なかなか進展していないその構想の中に盛り込まれているスーパー堤防は私の高校時代の同級生の石川さんの発こと、案になるものだということがわかりました。更に不動産屋さんからは言いにくいことだが、言っても良いかと念を押された上で、「大成化工の工場がなくなれば、新小岩北口全体の価値が上がる」といわれました。
そんな目で見られていたのかと愕然として当時汚かった新小岩の工場も整備し、きれいにすると共に都市計画にも関心を持ち、葛飾区、江戸川区をはじめ隣接する自治体及び東京都の都市計画を調査・研究してきました。ところが東京都の「東京構想2000」の中では区部東部・北部の将来像として「うるおいのある豊かな水辺を背景に、住と工の織り成す活力溢れる空間」と書いてあるだけで、まとまったものがないように感じました。
一方、石川さんと会って彼が東京都建設局長として既に進めてきた隅田川沿いのスーパー堤防を見学し、防災と共に新しい街づくりが進んでいることを知りました。ひきかえ、新小岩全域を含む、荒川・中川と江戸川に囲まれたこの海抜0m地帯はいまだスーパー堤防も無く、しかも地盤沈下により海抜マイナス2mといったところもあり、一朝地震等で今の堤防の一部でも決壊すれば木造密集住宅は全てが水没するという危険な状況にあること、反面この地は東京駅から僅か15分、水辺を生かせば他にない素晴らしい地域になることにも気づきました。この水没の危機を未然に防ぎ、住民参加の新しい街づくりを行なえないかという思いから石川さんと共にこのNPOを立ち上げることにしたのです。
(編集)
加えてお二人が共通に持つ高校時代の原体験が水害を防ぎ、街づくりを進めることをテーマとした本NPOの設立のひきがねともなったわけですね。
(徳倉)
そうです。昭和28年に愛知県一色町で経験した台風による大水害が原体験となっています。洪水の恐ろしさ、洪水後の悲惨さは経験したものでないとわからないと思います。石川さんがあれだけスーパー堤防の建設に情熱をかけたのもこの原体験がトラウマになっているのかもしれません。
ただ荒川左岸、江戸川右岸にスーパー堤防を作り、その上に新しい街をつくるにあたっては近視眼的にこの地域だけを見るのではなく、千葉から横浜に至る東京湾岸で今進んでいる多くの開発状況を踏まえたうえで、120万都民が生活している東京のへそともいうべきこの地域が今もっている財産を生かした街を創っていくためにはどうしたらよいのかを考え、全体構想をまず固める必要があるでしょう。それに沿って住民の皆さんの合意を得られたところから、スーパー堤防の建設と個々の街づくりを進めていくことが大切だと思います。
(編集)
しかし一般の住民からすると、まずマイナス2m地帯に住んでいるという危機意識が乏しい上に、仮に危機的状況にあることを認識し、その解決策としてスーパー堤防を建設し、そのうえに新しい街づくりをすることが望ましいと理解しても、そうするためにはどうしたらよいのか、何から取りかかったらよいのか解らないのではないでしょうか。NPOも設立されて1年余が経過し、これからシンポジュウムなどで住民の皆さんの理解を深めていこうとしているようですが、具体的には今後どう取り組もうとしているのですか。
(徳倉)
このような運動が成功するためには住民の皆さんがこうすれば自分達のプラスになるということを肌で感じ、自ら動き出していただくことが重要です。そのためには、この地域は大地震や洪水などがあれば大変危険な状況にあることをまず認識していただき、どうすればそれを回避できるかということを絵で示す必要があります。その絵を提示すると必ずこんな問題がある、あんな問題があるといった多くの反対意見が出てきます。これを一つ一つ、つぶしていくことで残る問題は何かが鮮明になります。
例えば、まずこの地は地震などで堤防が切れると水没するのか、それを防ぐためにスーパー堤防を建設すると今ある家はどうなるのか、一時移転するとして移転の際の保証はどうなのか、完成後もとの所に戻れるのか、戻っても元通りの家に住めるのか、元通りの居住形態にならない場合、今までと同質の快適生活を楽しむことが出来るのか等々多くの問題が提起されます。これ等にNPOとしてきっちり答えを出して示すことが必要でしょう。
本来これは行政の行なう仕事ですが、行政がやるとすぐにやってくれるのかということになる。しかし予算が無いからすぐには実施できない。しかしながら住んでいる人からこうしてほしいという要望が出ることで、初めて行政も出来るところから手をつけようということになる。このきっかけ作りと橋渡しの役割を果たすのが本NPOの役割だと思っています。
(編集)
まだまだ伺いたいことがありますが、別の機会に伺いたいと思います。本日は有難うございました。
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