広域ゼロメートル市街地の抱える浸水リスクを知ろう! ~浸水~

スーパー堤防発想の原点に戻れ

平成22年11月28日

スーパー堤防発想の原点に戻れ!

「都政新報」(11月16日)に掲載

特定非営利活動法人「ア!安全快適街づくり」
理事長  石川金治


中川堤防の水位と葛飾区西新小岩の地盤
中川堤防の水位と葛飾区西新小岩の地盤(左)の高さ比較

  石原知事は「東京は、東京に関するスーパー堤防を、粛々とやる」と述べたと11月2日付けの本紙(都政新報)で報じられている。スーパー堤防を発想した東京都としては大変妥当な判断である。
  そもそも「スーパー無駄遣い」の見本として、「スーパー堤防廃止」という仕分けがなされたのであって、劇場型の仕分け作業では、ばっさり切り捨てる方が格好良く、大向うを唸らせる効果がある。然し、防災という命に関わる問題は、事業の経過や地域ごとの緊急性などをもう少しきめ細かく検討して、仕分け作業を行うべきである。この仕分け結果は、工場跡地の再開発区域など、必要性よりもやりやすい処だけ実施してきた河川管理者の姿勢が問われた結果である。この姿勢を改めて、水害から人命を守るという河川管理者の責務を果たす観点から、緊急性の高いスーパー堤防の復活を訴える。

◆荒川や隅田川など大河川に囲まれた東京ゼロメートル地域の現況

  明治時代までは稲穂が垂れて、満潮面より高かった此の地域に工場が進出し、その工場が戦災の廃墟から立ち上がり、高度成長を支え、豊かな日本を築き上げる原動力となった。その栄光は、工場用水の過剰汲み上げによる地盤沈下という公害の犠牲の上に成り立ったということを忘れてはならない。此の沈下量は最大4.5mに達し、人々は銀座のデパートの地下食品売り場のようなところに住み、堤防に囲まれて辛うじて安住の地を確保している。その堤防がなければ干潮になっても人が泳げる深さで、将に魚が好んで住む干潟である。200年に1回発生する大洪水ではなく、明日にも起こる直下型地震で堤防が崩れれば、津波が来ない平常水位で、濁流が流れ込み、避難する余裕がない為に瞬時に多くの犠牲者が出る。この様に、此の地域は堤防の重要性が地盤沈下という公害で増大している。

◆スーパー堤防発想の原点

  昭和46年9月エルニーニョ現象による高潮時に江戸川区の新川水門が、真夜中に突然開き、10分間,25cmオーバーフローしただけで、700戸に浸水被害が発生し、住民は「寝耳に水」の恐怖に晒された。水門閉鎖が遅れ、護岸が転倒していたら大惨事になったであろう。
 河川管理者東京都はこの事故から、ゼロメートル地域の堤防は何が起きても浸水を防ぐ義務があると言う教訓を得て、「低地防災対策委員会」を発足させ、地震で堤防が崩れても平常時の水位による浸水を防ぎ、簡単な応急復旧で高潮に耐える堤防が復元出来る緩い傾斜の幅広い堤防を昭和49年に発案した。この考えは、自然の力を技術で抑えきることを諦めて、壊れても被害を発生させないという新しい発想である。又、この堤防は、伊勢湾台風に耐えるように緊急整備された高い護岸が、市民が川に近寄ることを拒絶した弊害を除去し、隅田川に「墨堤」を取り戻す契機にもなった。地盤沈下公害で海底に住むことを余儀なくされた住民の命を守る輪中堤がスーパー堤防の原点である。200年に1度の大洪水に耐える堤防はその後に当時の建設省が付加し、広域化した発想である。

◆事業効果は直ぐに発揮出来る

  「スーパー堤防廃止」の理由は、「スーパー堤防の完成は400年後であるから、完成前に東京大洪水が起きてしまう無駄な事業」ということである。然し、東京ゼロメートル地帯は大河川に囲まれているので、この部分だけ広幅員の堤坊を建設すれば、効果が出る。更に地域によっては、鉄道など他の施設と組み合わせて輪中を形成することにより、早期に安全な街となる。又、次のような大きな効果が直ぐに期待出来る。
 私が活動している葛飾区では、大水害の時は、公共交通機関を利用して千葉県に避難するように指示している。それは、地域全体が平地で高台がない為である。平成21年11月、松戸市「21世紀の森」公園まで、地域の有志150人で避難訓練を実施した時、老人・幼児など避難弱者を連れての早期避難は無理があるという感想が多く、近くに緊急避難場所が欲しいという感想が寄せられた。地域の高台の候補地として、学校や児童公園など公共施設と堤防が上げられた。学校や公園を付近の地盤より3m~5m(2階建の屋根くらい)も盛土すれば、取り付け道路の新設、周辺家屋に対する日照や通風阻害の問題が発生し、効率が悪い。幅の広い堤防上の街と緩やかな傾斜上の街からなるスーパー堤防方式の高台化は内陸部公共施設の高台化のような問題は発生せず、合理的で効果的である。

◆高台への避難ニーズ

  私たちが活動している新小岩地域の人口は32千人である。平常水位の浸水で、被害を受けない3階以上の建物面積を一時避難所として全て利用出来ると仮定しても収容可能人員は16千人であり、半数は溺れる計算となり、緊急対策として高台が必要である。堤防上に避難した人を、船で他の安全地域に移送することにより、収用人員を増やすことも可能であり、内陸部の高台よりも効率的である。又、マンションなどにいる避難者への救援物資の中継地点にもなる。

◆地盤沈下による公害に温かい手を

  スーパー堤防は無駄とばっさり切らず、詳細に中身を検討して欲しい。水や空気の汚濁という公害に対して、公害原因を除去すると同時に、水俣病や喘息の患者に温かい手をさしのべる必要がある。それと同じで、工業用水の汲み上げ禁止により地盤沈下は停止したが、沈下した地盤は元に戻らない。災害ポテンシャルは高いままである。地盤沈下により災害ポテンシャルが著しく増大した公害を受忍している此の地域の人達に、温かい手をさしのべて欲しい。
 *(元東京都技監)

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